Good Morning Glory

伝右川伝右

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うちからおばあちゃんちまでは自転車で五分ほどの道のりだ。

でも途中で踏切を通らなくては行けなくてタイミング次第ではそこで結構足取りをくらったりする。

あの踏切の音を聞きながらだんだんと日が暮れて夜になっていく瞬間が好きってことはおばあちゃんには話したけどそういうことはおかあさんにも友達にも話さない。

おかあさんはわたしには「おばあちゃんが心配だから」と言って、おばあちゃんには「まひろのことを面倒見てほしい」と言って、わたしがおばあちゃんちに通っているのだけれど、わたしとおばあちゃんにはそんなことは筒抜けで、おかあさんは忙しくてねと二人でおかあさんの悪口を話したり、思い思いの時間を過ごしたりする。

おばあちゃんは昔は小学校の先生で、今も書道の先生をしている。

おばあちゃんは書道の時間には老眼鏡にひもをつけて首からぶらさげていて、朱色の墨汁の筆で生徒に指導している。

その姿がかっこよくて好きだ。書道の先生をしているおばあちゃんは目がキリっとしている。

日曜日の4時から5時半までが書道の時間で、その手伝いをするために絶対に毎週日曜日はおばあちゃんちに行く。

あとは暇な時とか、なにかおばあちゃんに話したいことがある時にも行くし、今は夏休みなのでほぼ毎日のように入り浸っている。

そして今日はその日曜日だ。お昼の冷やし中華を食べてからおばあちゃんちに向かう。

食卓の側らについていたテレビで気象予報士が今日は今年一番の暑さだと言っていた。

おかあさんは「まひろ、ぼうしかぶっていってね」とわたしのコップに麦茶を注ぎながら言ってくるけど、そんなの言われなくてもいつも被ってるし、まるでわたしが小学生にあがったばかりの子みたいに扱ってくるのはそろそろご勘弁頂きたいんですが。

やっぱり小学生の先生として今は一年生の担任を持っているからだろうか。

わたしはもう五年生だというのに。

担任の先生は高学年になったんだぞとお説教のたびに言ってくるのに、うちの有吉先生はこれだからとおばあちゃんに話してやろうと、結局にやにやしてしまう。

リビングから掃除機をかける音がしてきた。

その掃除機の音がこわいのでそそくさとわたしの部屋にやってくるコジロー。

2時だ。時計を見なくても分かる。

おかあさんは時間ぴったり人間なので、土曜日は例外がない限り2時ぴったりに掃除を始める。

わたしはそれを合図にしておばあちゃんちに行くと毎回決めている。

手をつけていた夏休みの宿題のプリントをかばんに入れて、さっき言われたとおりぼうしをかぶってコジローにちいさい声で言ってくるねという。

掃除機の音に負けないようにおかあさんには大きい声で。

心細いのか玄関までコジローがついてきてくれた。

いつもふりふりと振っているけど今はしゅんとなっているみじかめのしっぽをみて思い出したが、次の土曜はお祭りだ。

コジローはとにかく大きな音が嫌いで、掃除機と雷、特に一番嫌いなのがそのお祭りの花火だ。

おばあちゃんに浴衣の着付けの話をしなきゃと思いながら扉を閉める。

いつもの道のりをいく。角を曲がるとクリーニング店があって、その少し先の砂利道の駐車場にはまっくろな猫が木陰でへばっていた。

そしてずーっと電車の沿道をまっすぐ進む。隣を電車が駆け抜けると生暖かい風と轟音が身体に当たる。

自転車に乗るのは好きだ。いろいろな景色を一瞬で通り抜けていく。風になったみたいだ。

踏切を渡って右手に公園が見えてくる。ターザンロープがある公園なのでみんなターザン公園と呼んでいる。

ふとベンチで俯いている同級生ぐらいの女の子が目に入る。

見覚えがないのでこの学区の子ではなさそうだけど、一人でどうしたのだろうか。

妙に気にかかりつつもペダルを漕いで公園を通り過ぎる。

公園を通り過ぎたらもう少しでおばあちゃんちだ。